「評価=存在価値になっていませんか」
他人の目が気になるという状態は、単に「気にしすぎ」ではありません。むしろ、評価によって自分の存在価値が決まるという前提の中で生きている状態です。とくに最近の高校生、大学生に多いですね。
たとえば、
・どう思われているかが常に気になる
・否定されると強く傷つく
・人前で自然に振る舞えない
・正解を探してしまう
こうした状態は、「他人が怖い」のではなく、評価されること=存在を測られることになっているために起こります。
評価が気になる構造、すなわち、他者の目が気になる人の背景には、
・褒められることでしか認められなかった経験
・結果や成果によって価値が決められていた関係
・評価されないと居場所が不安定になる環境
などがあり、「評価=安心」「評価されない=不安・否定」という構造が作られています。すると人は、
評価されるために行動する
↓
他人の反応に過敏になる
↓
自分の基準が分からなくなる
↓
さらに評価を求める
という循環に入ります。それは生きているだけで苦しい状態です。では、なぜ苦しくなるのでしょうか。この状態が苦しいのは、自分の価値が常に外側にあるからです。
どれだけ評価されても不安は消えず、少しの否定で大きく揺れてしまう。つまり、安心が自分の外に置かれている状態です。ここで、「評価=存在価値」という構造に気づくことで、問題が“他人”ではなく自分の“前提”にあると見えてきます。
すると、
・評価されることと、存在の価値は同じではない
・他人の反応は、自分そのものではない
という視点が少しずつ生まれます。この理解が進むと、他人の目が気にならなくなるわけではありません。しかし、他者の目に振り回される度合いが変わります。
・すべてを正解にしようとしなくなる
・自分の基準を少しずつ持てるようになる
・評価に過剰に反応しなくなる
つまり、評価の中にいながら、それに支配されすぎない状態へと変わっていきます。